Kagoshima KIZUNA Project in TOKYO
かごしまKIZUNA プロジェクト東京
KAGOSHIMA KIZUNA PROJECT
"We make the network based on our friendship stronger
and hand it over to future generations as a worthy property."
November 2, 2018 @Kagoshima City
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「集まれ世界のかごんま人 - Zoom会合」開催 2022年5月22日(日)日本時間午前9:00から | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| Kagoshima global online meetup : May 21st at 5PM PST. | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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今年で、3年目になる世界のかごんま人の会(新名称)2022年最初のZoom会を5/22 午前9:00(日本時間)より開催致します。 |
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2021/06/14掲載/posted on June 14, 2021 コロナ禍、第4回目の世界に居住する鹿児島県人をZOOMでつないだ懇談会が開催され37名が出席。 カリフォルニア「Hikari Farm」のJanet Nagamineさんによる農業によるふるさと指宿とのつながり、ブラジル県人会新会長のSergio Fumiokaさん一家の出身地奄美大島宇検村とのつながりそして東京三州倶楽部、西尾理事より次世代をつなぐ育英事業についてプレゼンテーションがあった。 今回は米国、ブラジル、ドミニカの各国のほか香港、東京、鹿児島からの参加があった。この場で毎回幹事を勤めておられる南加・織田さんと北加・冨田さんへ全員の賛辞が伝えられ、今後のフォーラムの進む方向について検討を重ねていくことになった。上記映像は会合開始前の冨田さんからの説明。(英語) |
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Posted on June 3, 2021 昨年(2020年)オンラインで開催された南北アメリカ鹿児島県人合同県人会で共有された各地の県人会の現況報告スライドを、動画に編集しました。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ブラジル鹿児島県人会だより創刊 2021/4/15Associacao Cultural Kagoshima do Brasil inagurates quartery News Letter. 平素より大変お世話になっております。ブラジル鹿児島県人会事務局の海老澤です。早速ですが、今回「ブラジル鹿児島県人会便り」を創刊致しました。年に4回発行していく予定です。
ブラジル鹿児島県人会、会長交代 2021/3/1New Chairperson of Associação Cultural Kagoshima do Brasil (Kagoshima Kenjinkai of Brazil)
ブラジル鹿児島県人会「日本語で話そう」プロジェクトブラジル鹿児島県人会事務局の海老澤です。 The "Let's Speak in Japanese" project of the Associação Cultural Kagoshima do Brasil (Kagoshima Kenjinkai of Brazil) was published in the Japanese newspaper on Feb.17,2017. O projeto "Vamos Falar em Japonês" do Associação Cultural Kagoshima do Brasil foi publicado no jornal japonês. 南加鹿児島県人会(米国カリフォルニア州ロサンゼルス地区)では、コロナ禍、オンラインで総会と新年会を開催しました。カリフォルニア各地、ペルー、ブラジル、アルゼンチンそして鹿児島、東京からもオンライン参加しました。
【お知らせ】 12月5日開催のオンラインミーティングの際、北カリフォルニアのチミー塩屋さんからお話がありました日米の学術・ビジネス交流を支援する「Keizaiシリコンバレー」という団体が主催するMovie Night(オンライン映画観賞会)のレジストレーション(事前登録)サイトのご案内です。
Hello everyone, 南加鹿児島県人会紹介映像(音声英語)
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シアトル鹿児島倶楽部 末次毅行前会長は、指宿市ご出身で、米国西岸のシアトル他で和食店を営みかつ「和食の伝道師」として公私両面でご活躍され、また鹿児島県人会「シアトル鹿児島倶楽部」で理事5年、副会長5年を経て1988年に第13代会長に就任以来30年間、合計40年間倶楽部を運営されてこられました。
このたび倶楽部会長を退かれましたが、そのご挨拶の中にこれまでの県人会、和食普及、産業振興など幅広い活動で得られた知見をご紹介いただきました。 まさに県人(会)として今後の活動の方向に示唆を与えるものと考え、その志をお伝えしたいと思い、いただいたご挨拶の一部を紹介させていただきます。
目黒の三州郷土館に北カリフォルニア鹿児島県人会(KANC)木村会長ご夫妻および、永吉前副会長ご夫妻が鹿児島キズナプロジェクト東京を表敬訪問されました。 木村会長からはサンフランシスコ・ベイエリアに一昨年結成されたKANCの目的や活動経過などをお聞きし、永吉前KANC副会長(前在サンフランシスコ日本国総領事館首席領事、姶良市出身)からは、結成のいきさつ、サンフランシスコにおける各国団体との交流の様子を伺いました。 昼食をはさんで、これまでの体験経験をもとに、さらに交流を深めていく方法などについて意見交換を行いました。

KANCについて
KANCは2018年に設立されましたが、その前身は1890年頃に米国渡航された先達の生活扶助組織として設立された団体だといわれています。KANCの特徴は「設立趣旨」に網羅されています。
学術だけではなく産業界でも半導体、コンピュータ、インターネット、バイオ、エネルギー、電気自動車、人工知能などのイノベーション技術が、多くのベンチャー企業から生まれている地域で、日系企業や日本人留学生も多くいます。
2004年12月には鹿児島大学初の海外拠点であるシリコンバレーオフィス(現北米教育研究センター)が設置され、多くの学生たちが現地で研修を受けています。
これまで県人が培ってきた当地での人的な繋がりを通じた交流を、今後とも鹿児島とカリフォルニア州、ひいては日米友好関係の一層の強化につなげたいとの思いから北カリフォルニア鹿児島県人会は2018年11月にシリコンバレーで設立されました。」
2019年8月4日にロサンゼルスで開催された南加鹿児島県人会創立120周年祝賀会は先亡者法要ならびに鹿児島県主催夕食会、有志によるゴルフ会など多様なプログラムと南加以外からの多数の参加者により盛会裏に終了しました。
東京からは12名ご参加いただき、上記行事の他、日系人博物館や県人会会員のお宅拝見など盛りだくさんの歓迎を受けました。
帰国後もラインやメールで近況連絡を続けておられ、南加の皆様も東京に心強い同胞がいるとお感じのようです。
さて、 参加者の方々のご感想によると、先の大戦で強制収用されたり、戦後も人種差別を受けるなど日本にいては体験できないことを、これらの活動を通じて知ることができました。しかもそのような状況を団結して克服し、現在の日系人の社会的地位をて自らの手で作り上げてこられた事も知ることができました。 「二つの祖国」から「祖国は米国」へと移り行く中、この旅で得た交流と人脈を今後どのように継続していくかという議論が始まりました。皆様お疲れ様でした。
南加鹿児島県人会の宮内マーガレット昌子会長、西タック武弘祝賀会委員長より、このたび開催されました同会創立120周年祝賀会への参加のお礼状が事務局(三州倶楽部)に届けられましたのでご披露します。 (KKP東京 事務局長 横田捷宏)

Yokota-san and Kizuna Project Delegation,
I'm glad to hear that you arrived home safely.
It was our pleasure hosting you, your delegation and the many other organizations that participated in our 120th Anniversary Celebration. I hope you were able to enjoy the short time spent here in Los Angeles. With all your participation, it really made the celebration very special.
I wanted our out of town guests to be able to flavor the tastes and cultures of Los Angeles. We all had a wonderful time enjoying dinner with you at my home. It was casual and hopefully relaxing for you to see what life is like in the United States. There is so much more that we would have liked to have shared with you.
Thank you for the gifts that you brought to us. I'll take it to our next board meeting and distribute to them so that they can also distribute to others who helped out with all the events.
I hope to see you again soon.
Kind regards,
Margaret
前略御免下さい。去る8月4日の南加鹿児島県人会創立120周年記念大会では、大変ありがとうございました。
その後もお変わりなくご健勝にてお過ごしの事と存じます。お陰様で小生も元気でおります。 来る11月5日三州会様を表敬訪問出来ますこと楽しみに致しております。東京外務省ご勤務の永吉昭一前サンフランシスコ首席領事にも連絡したところ、訪問を前向きで検討されております故、二人揃ってご挨拶に参上いたしたく思います。
サンフランシスコ国際空港では一昨日から、プラステック製入り飲料水を初め、関連グッズが販売禁止となりました。世界に広まるプラステック製ごみ処理がどこまで発展するか期待しています。
さて、本日皆様に情報ご提供致したくメール差し上げました。去る8月4日南加県人会創立120周年記念大会にも参加されていたJETRO ロサンゼルス所長 西本敬一氏が来る8月28日鹿児島で焼酎普及のセミナーを開催されます。私共KANCでもサンフランシスコでのセミナーには参加して米国での焼酎普及に協力しております。もしお時間がございましたら、関係の皆様にお伝えできればとの事でございます。
北加鹿児島県人会(KANC)会長 木村耕三
「焼酎輸出促進協議会in LA」による提言について
〜米国ロサンゼルスから焼酎輸出拡大に向けた9つの提言〜
焼酎の輸出拡大支援を目的として2年前に米国ロサンゼルスで設立された「焼酎輸出促進協議会in LA」が本年8月28日(水)、鹿児島県酒造組合に対して「焼酎輸出拡大に向けた提言書」の手交を行いますので、万障お繰り合わせの上、ご参加頂きますようお願い申し上げます。
日時:2019年8月28日(水)10時〜
お問い合わせ先
ジェトロ鹿児島(担当 川上) TEL:099-226-9156 MAIL
キズナ東京の皆様、予定を無事終了し、これからロス空港から帰ります。昨日の120周年記念式典は約270名が参加でした。
うち50名弱が日本からで、東京12人、鹿児島は県が知事以下5人、県議会が議長以下3人、商工会議所が約10名、奄美から16~17名、南日本新聞記者1名でした。
南加県人会以外の現地参加者は総領事、現地商工会議所関係、北加県人会、宮崎商工会議所、ニューヨーク奄美会など約10名で、他国からの参加者はありませんでした。なお、県、県議会、会議所それぞれから県人会に祝意金の贈呈がありました(当方は鹿児島foundationに育英金)。取り敢えず。横田団長
藤間聖涼さんFBより:南カリフォルニア鹿児島県人会の先亡者慰霊祭に参加。戦争を挟んで、苦労の限りを尽くされた先人たちの、日米メモリアル博物館に足を運び、感慨に浸かりました。

会合参加アルバム:KIZUNA南加報告:渡邊洋子様
東京ウエルカムイベントの特別試写会で上映された、難民移民ドキュメンタリー映画「夢は咲く」(Dream Blossoms)が、その後の秘蔵映像を追加して完成いたしました。 この作品にはJICA横浜の移住博物館も興味を示しています。制作者のテッド内田氏よりメッセージをいただいています。
ご無沙汰致して居ります。
TOKYO WELCOME EVENTのご縁でこのドキュメンタリーを創る決意が出来ました。 本当に皆様のおかげです。 心より皆様に感謝しています!
只今 英語版(サブタイトル)の 制作に入っています。 SALINAS CA, USA のCalliforni State University Monterey Bay より依頼がありJohn Steinbeck Memorial Hall で 英語版(subtitles)が出来た時には是非上映会 をしたいとの話が来ました。
又Los Angelesでは4月14日にこの日本語版を百数十名の皆さん(Salute to the Pioneers, 戦前の日系人パイオニアに感謝の会)の前にて上映します。またこのドキュメンタリーをアメリカの大学にも寄贈する計画も有ります。
父内田善一郎は西郷隆盛の志しを彼の志しとして亡くなるまで貫いた親父でした。「敬天愛人」を実行した父でした。彼もきっと天国から喜んでいると思います。又東京で御会いできればと思っています。 東京に行く時には連絡しますね。
Again, thank you very much! Ted Uchida
「夢は咲く・Dream Blossoms」のスクリプトを読む

皆様、昨年は10月31日に盛大な東京ウェルカムイベントを開催していただき、北カリフォルニア鹿児島県人会一同、心から御礼申し上げます。
私たちが住む米国カリフォルニア州の北部にあるサンフランシスコ・ベイエリアは、1860年に日米修好通商条約の批准書を交換するために、咸臨丸が米国船ポーハタン号の随伴船として渡米以来、日米友好の発祥の地となっています。
当時の新聞には1面に盛大な歓迎パレードの写真記事が掲載されており、日米の歴史は友好の絆でスタートしたことが記録されています。また1871年には岩倉使節団がサンフランシスコに入港し。使節団一行には大久保利通、村田新八などの薩摩藩出身者が随行しました。

北カリフォルニア地域と鹿児島の繋がりは古く、鹿児島県人の足跡は長澤鼎(薩摩藩英国留学生の一人)が1875年にソノマ郡サンタロ ーザでブドウ園経営を開始したことに遡ります。長澤鼎は1865年に英国に留学しましたが、1867年に米国のニューヨーク州ブルックリンに移住し、キリスト教系新興宗教団体のBrotherhood of the New Lifeにてブドウ栽培を始め、1875年にブドウ栽培に適したサンタローザ市に移住しました。
1848年に現在の州都であるサクラメント近郊で金が発見され、翌1849年にはゴールドラッシュが起き、多くの人々が北カリフォルニアに入植してきました。これがきっかけでナパ郡やソノマ郡のワイン生産も拡大しました。
(写真はカリフォルニア州サンタローザ市の自宅前に立つ長澤鼎翁
長澤鼎のファウンテン・グローブ・ワインは、カリフォルニアから最初に英国に出荷されたワインで、ヨーロッパでも好評を得ます。現在ではサンタローザ市役所の議事堂に長澤鼎の胸像が展示されていますが、2007年7月28日にサンタローザ市にナガサワ・コミュニティー・パークが開園し、地元の人々から長澤に対する尊敬と親しみをもって大切にされています。

当地では産学連携が盛んでスタンフォード大学、カリフォルニア大学バークレー校、カリフォルニア大学サンフランシスコ校だけでも約100名のノーベル賞受賞者を輩出しています。学術だけではなく産業界でも半導体、コンピュータ、インターネット、バイオ、エネルギー、電気自動車、人工知能などのイノベーション技術が、多くのベンチャー企業から生まれている地域で、日系企業や日本人留学生も多くいます。
1870年に米国で最初の日本国領事館がサンフランシスコに開設され、1890年にはサンノゼ日本人町が、1906年にはサンフランシスコ日本人町ができました。それぞれの日本人町では、毎年盛大な桜祭りやお盆祭りなどが開催されています。記録によれば、1895年に北加鹿児島県人会の南加支部が設置されていることから、同年以前に北加鹿児島県人会が発足したことが推測されます。
第二次世界大戦が始まり、1942年にはカリフォルニア州など西海岸に住んでいた約12万人の日系人に対する強制収容が実施され、1945年の終戦まで収容所生活を強いられました。1951年には当地にてサンフランシスコ平和条約及び日米安全保障条約が締結され、戦後の日本の主権が回復されました。
1924年の排日移民法により日本人の米国移民は禁止されていましたが、串木野市の市会議員であった内田善一朗氏は、日系アメリカ人市民協会のマイク正岡氏が中心となり米国議会へ働きかけていた「米国難民救済法」の日系人への適用を、鹿児島県にも適用してもらい、日本全体で約1,000名の移民枠の内、1955年から1956年にかけて333名を鹿児島から移民させることに成功しました。その後も多くの移住希望者のために短期農業研修生として、日米両国政府間で「派米農業労務者制度」を作ってもらい、1957年から1964年までの間に日本から4,100名、鹿児島から544名が渡米しています。その後1957年から1958年には「難民移民家族呼寄法」により1,230名の留守家族も渡米しました。
特にサリナスとワトソンビルに移住した人々は。北米最大の花卉栽培産業を興し、その真面目な働きぶりと地域への貢献により、戦後の反日感情が強かったサリナスの人々の心を、友好の感情へと変化させました。その後1979年5月に串木野市とサリナス市は姉妹都市契約を締結し、相互交流を通じて鹿児島と米国の絆を一層深めています。
戦後、北カリフォルニアには「桑湾鹿児島県人会」、「沿岸鹿児島県人会」(サリナス地区、ワトソンビル地区、サンタクララ地区、オークランド地区、サンマテオ地区等)が存在しており、2006 年1月モントレー市にて鹿児島県北米移住者協会50周年記念大会が開催され、全米及び日本から500名ほどが参加しました。2004年12月には鹿児島大学初の海外拠点であるシリコンバレーオフィス(現北米教育研究センター)が設置され、多くの学生たちが当地で海外研修を受けています。
しかし、近年では各県人会活動も参加者の高齢化に伴い停滞していることが多くなっています。
一方で、日本とカリフォルニア州の関係はかつてないほど緊密になっており、その分野も経済、文化、教育など広範となっています。
 そこで、県人会といった当地での人的な繋がりを通じた交流が鹿児島とカリフォルニア州、ひいては日米友好関係の一層の強化になるとの思いから、有志により2017年11月19日に北カリフォルニア鹿児島県人会(KANC)の発足式が開催されました。
(写真は2017年11月19日 KANC発足式より(サンタクララにて約40名が参加)
毎年5月にはカリフォルニアの青い空の下でピクニックを開催し、1月には年次総会を開催していますが、毎回40名ほどの参加者があります。今後は他の県人会とも協力しながら、日米の友好の絆を益々発展させていければと願っています。

2019年1月26日 KANC新年会・総会(サンタクララ)
北カリフォルニア鹿児島県人会(KANC)より、塩谷副会長がTWE事務局を表敬訪問においでになり、東京ウエルカムイベント実行委員会から、本田三州俱楽部会長、上野欣交会会長、竹之内関東鹿児島県人会連合会幹事長、横田事務局長および関係者が歓迎いたしました。塩谷副会長から木村KANC会長のメッセージが届けられ、創立1周年を迎えたKANCについての説明がありました。